そこにある疑問の糸を手繰り寄せ


俺はコーヒーが飲めないからカフェなどで寛ぐという習慣がない。ちゃっちゃと用事を済ませて家に帰りたい。誰かとお茶をするなら、お通しの出るところに行きたいし。

しかしウチでのんびりティータイムはとても大切な時間だ。緩急をつけるのは作品創作には欠かせない。

昨夜、酒席で学生(もちろんゆうにハタチは越えている)から「自分が間違っているのか、周りが間違っているのかわからない」と言われた。いつもなら「人といるときにはニコニコ笑っていればそれでいいんだ、さぁもう一杯どう?」とでも言っただろうけど、彼女はかなり真剣な面持ちだったので、「疑問符を手繰る旅をせよ」といささか真面目に答えた。

ひとつ〈どうなんだろう?〉という疑問が生まれる。で、そこを越える道に挫折や強調や犠牲や責任が生ずる。で、また疑問が生まれる。そしてまた超える。だんだん自分も人も見えてくる。

逃げるのと諦めるのはその過程も質もまったく異なる。

月並みだけどわからない、わかってくれないと逃げてしまわぬように。

クラブワールドカップをテレビで眺め、お茶を飲みながらそんな昨日を振り返る午後でした。

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