どこまでも続く空、できるだけ遠くまで飛ばしてみせる

身体はここにあっても想いを飛ばすことはできる。
インターネットなどの手段で世界は小さくなった。

しかし俺の精神は相も変わらずアナログである。
変えようも、変えることもない。
行かなけりゃ、会わなけりゃ、観てみなきゃ、触れてみなきゃ、
食べてみなきゃ、感じてみなきゃわからない。

知識や机上論や戦略もいい。
でもやらなけりゃ意味をなさない。

今の時代に足りないものの中に「感触」ってのがある気がする。

感触の前にあきらめたり、怯えたり、キレたりする。
何も子供たちばかりの話ではない。
大人こそ「感触」を遠ざけていないだろうか。

先日バッティングセンターに行った。
バットにボールが当たる感触を確かめに。
あまり確かめられなかったけど…。

旅は景色や人と出会う瞬間、
釣りは針に魚が掛かった瞬間、
バンドは同じグルーブを感じ合った瞬間、
これは説明できるものじゃない。
する必要のない「感触」だから。

書も感触によって生まれてくる。
筆圧、墨量、バランスも感触だし、
人ひとりに紡ぐメッセージもそう。

暖かな日差しに誘われ公園で読書。
30分間のリフレッシュタイム。
モヒ猿もつれづれに顔を覗かせる。

己の中の「感触」に対峙しながら
自分にできることをするのだ。

     本編でも「モヒ猿」やってます。

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