批判とは強くなるためにある言葉でなくてはいけない

夏の暑さが東京にやって来た。
それならば暑くなる前の午前中、一時間半の散歩。


Waking,thinking.

あぁ気持ちよい!

さて、昨日よりW杯が始まった。
1994年のアメリカ大会に魂を射抜かれてからサッカーの虜。

しかし、今年は例年の高揚感がない。

なぜか。

俺の個人的な好みに過ぎないのだが世界的にサッカーは変化した。
サッカーファンならわかると思うけど、94年のスターは
バッジオであり、ロマーリオであり、ハジ、バルデラマ、
ストイチコフ、マラドーナやロジェ・ミラもいた。
今回の注目選手はC・ロナウド、メッシ、カカ、F・トーレス、
ルーニー、ロッペン、ジェラード…。

創造的でファンタジックなサッカーから、スピードやフィジカル
戦術重視のサッカーに変わってきた(今に始まったことじゃないけど)

人間臭いサッカー選手やプレーが減りつつある。

とか言いながらも夢中になるけどね。
今日はこれまでで史上最強とも言われる韓国、
MVP最右翼メッシのアルゼンチン、
キレキレルーニー擁する優勝の可能性を秘めたイングランドが闘う。

高揚しないもうひとつの理由が日本代表を扱うメディア。
監督の宣言した「ベスト4」は鼓舞するための
ハッタリなのか真意はわからないけど
世界的に見て日本は弱いのだ。
悲観的でも楽天的でもない、それが現実だ。
それを日本のメディアは叩きまくる。
これがブラジルやスペインのような強豪なら強い批判もいい。
日本のメディアのそれは弱いものいじめを見ているようだ。
強くしてゆこう、それをサポートしようという情熱も弱い。

日本はアルゼンチンでもオランダでもないのだ。

そして日本代表が消費税を上げるわけでも、戦争や貧困や格差を
生むわけでも、仕分けるわけでもないのだ。

そして今回開催される南アフリカ。
一日に50件の殺人事件が起き、国民の5人にひとりが
HIV感染者というデータもある。
偏見は持ってはいけないが、危険であることは間違いない。
勝敗で浮かれたり、怒ったりして街を闊歩するには危なすぎる。
FIFA会長プラッターの票獲得にためにアフリカ大会開催云々
という疑念はやはり拭いきれない。

本当に痛ましい事件がなく、南アフリカにとっても発展に
つながり、平和的友好をもって終わることを願っています。

言語も、肌の色も、宗教も、貧富も飛び越え
直径22センチの小さなボールが世界を結ぶ祭典なのだから。

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