神が引き寄せし島、奄美 〜人情の巻〜

小説家吉川英治はこう記した。
「この人生は旅である。我々はこの旅において、
さまざまな人と道中道連れになる。それらの人々と、
楽しくスムーズにやっていくには、”人生のパスポート”が
大切である。それがお辞儀とあいさつである。」

旅先でも、会社でも、家庭でも、夫婦でも、恋人でも、
友人でも、みんな毎日を旅してるんだ。

俺は今回奄美の日常にお邪魔した。
いつもの生活、いつもの言葉を感じたかった。
そしてそれがこのうえない感動をもたらしてくれた。

俺ができるせめてもの感謝は書くことだけだ。

出会ったばかりの島の人と酌み交わす朝4時。

優しいマスターはどんどん黒糖焼酎を注いでくれた。

突然の訪問でも、おかあさんは自家製のつまみを
出してくれ、おとうさんは三味線を聞かせてくれた。

奄美では先輩のことを尊敬の念を込めて
「○○兄ぃ(にぃ)」と呼ぶ。
<女性の目上は○○姉ぇ(ねぇ)>

今回、俺をこの島に巡り会わせてくれた先輩。好太郎兄ぃ。

目が覚めた瞬間から缶チューハイを飲み続け、店に入れば
ビールを飲み、夜ともなれば黒糖焼酎。細かい事には
こだわらない豪傑漢。見た目によらず繊細で、笑顔を絶やさない。
自分のために生きるより、他人にために生きる人。
俺らは東京で出会った。そんな好太郎兄ぃが故郷に
戻ってはや4ヶ月。人徳があり、誰にでも愛されるから
東京の仲間たちからも「ちゃんと好太郎兄ぃが元気で
やってるか見てきてくれ」なんて頼まれてここに来た。
心配ない、やっぱりこっちの青空が似合う人だ。

人の好みや価値観はそれぞれだ。
金稼ぎも肩書きも偉くなる事もよかろう。
だが俺はやっぱり純粋でまっすぐで朗らかな人が好きだ。
青臭いと言えばいい、も少し計算をしろとも言うだろう。
だけど心を殺す人生に何の意味がある?

不器用で、無骨で、シャイで狡猾さのかけらも無い人の光が
もっともっと照らされる世界であるべきだ。

誰も声を荒げることも、自慢することもない。
相手への思いやりは見えないところでする。
今日もまた太陽がのぼり、自然に生きてゆく。
これが俺が知り得た奄美大島だった。

いろんなものを食べたけど、おかあさんがお茶請け
だと言ってだしてくれた生姜の漬け物、カボチャの酢漬け、
じゃこの佃煮、豚味噌、豚足、ふきの煮物などは
最高に美味しかった。
朴訥と喋る穏やかな方言は癒しでさえあった。
誰かに憧れるなんてないけれど、こんな風に
歳を重ねてゆければいいだろうなぁと思った。

最終日、帰るまでの最後の数時間、好太郎兄ぃの店で
島のひとたちへ作品を書きながら、ふたりきりポツポツと話す。
好太郎兄ぃ「…こうじ、島は楽しかったか?」
こうじ「…うん、楽しかったよ…」
好「…たくさん書いてくれてありがとな…」
こ「…こっちこそ、嬉しかったよ…」
好「…みんなにも元気でやってるよって伝えといてくれよ」
こ「…朝から酒飲んで、酔っぱらってるよって言っとく」

やがて俺は筆をバックにしまい、腰をあげた。
好太郎兄ぃもおもむろに立ち上がり、レモンサワーを
持っていた手を離し、俺に手を差し出す。

もう、ダメだった。
涙が止まらない。
声も出てきやしない。
照れくさくて、ろくに挨拶もできないで
こぼれる涙も拭くことなく、大きな声で
ありがとうだけだけの声を振り絞り、店を後にした。

夕暮れの街をひとり歩く。

(あれ?携帯がない)

店で充電したまま忘れてた。
はい、先ほどの感動の別れ、台無し(苦笑)
すぐに店に戻りました。

決まるようでどこか間抜け。

やっぱり最後まで笑顔にさせてくる島。

      「モヒ猿」も奏でております。

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