経過と結果の相関性

ちょっと前にブログで書いたジムの高校生。
かなりいいところまでいったらしいが結果は
プロテストをパスすることができなかった。

俺の主観かも知れないけど、日本人の美徳に
立ち振る舞い(所作)というのがあると思っている。
それは継続とか忍耐とか経過とか学習の中から
生まれてくるものだ。
それが昨今、やり口を問わず、間を察さず、合理的な
結果至上主義が横行しているような気がする。
もちろん結果というものは大事。それと同じくらい
経過も大事だ。というか結果ってなんだろう?
誰かに勝つとか、会社の期待にそぐうとか、
競合をけ落として残るとか、そんなことが結果な
わけない。その人にとって生きている限りすべてが経過
じゃん?つまずいて起きあがっての繰り返し。

ちょっと話が大きくなったけど、プロテストに
受かったら作品を書くって約束だった。だけど
テストに落ちた翌日から彼は次のテストに向け
すぐにトレーニングを始めたと聞いて、作品を
書くことにした。悔しさをバネにしてまた彼は
挑戦のゴングを鳴らしたんだ。
自分のことを棚に上げて言わせてもらうけど
そうやって精神も肉体も強くなっていってほしい。
作品もその役に立ってもらえたならなによりさ。

プロテスト以来、昨日ジムで会ったら深々と
頭を下げて開口一番「落ちちゃいました、すいません」
と言われた。悔しかっただろうにその潔さ、かっこいいよね。
いっぱい場数を踏んで拳も男も磨いてくれ。
俺も頑張る!

“経過と結果の相関性” への2件の返信

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    人間は、失った時間・・・失ったものの中から悟る喜びも在る・・・他人の上に立てる人間は・・・最低、三倍以上の努力が必要。そして純粋さ!直向さ!謙虚さ・・・「透き通った瞳の男の子ですね」きっと、高野様のお言葉を痛い程受け止められ益々努力向上される事と思います。今の綺麗な瞳がもっと輝きます様に・・・高野様も個展・・・心から期待してます・・・こころのままに!フォーエバー♪ Like

  2. SECRET: 0
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    純粋でいい目をしてます。どんな世代の人からも学ぶことがたくさんあるものですね。 Like

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