路上から認められることその場所まで

昨日はひたすら作品制作。
雨なのか、雪なのか、寒いのか、腹が減っているのかも
わからず、黙々と筆と一体化していた。

今日は朝イチでジム。

体調がいい感じになってきた。

そして文句を言いながらなんとか終わらせました。確定申告。

マジに吐き気と頭痛がしました。

そしてちょっとご報告。

先日の国立新美術館で開催された「第13回エイズチャリティー美術展」
の出展作がこのたび特別賞をいただきました。

パチパチ。

今回はタッチを変え、コンセプチュアルなものにしたんだけど
受賞できて有り難いです。応援してくださった方に感謝します。

…でもね、浅田真央選手じゃないけどね、
やっぱり悔しいっすね。

まだ上があったし。

創作書家と名乗って10年、ここで書くと逃げてるようで
くわしくは書かないけど、今でも(特に書道をやっている人とか)
誹謗中傷を受ける。10年前、路上でやっていたときから
何度も悔しい想いをしてやってきた。
反論もしない、実際書道よりも自分の生き方を学んできた
時間の方が圧倒的に長かったし。
それが作品の持ち味だと思っているし。

だから作品でそういうものを覆してやりたいんだよね。
「あなたの創作力は社会的ではない」とか
「あなたのように飛び出す人間は書の世界にいてほしくない」とか
そんなことを言う連中にこんな表現だっていいだろって
結果としてみせてやりたいんだよね。

俺が路上で書いたのは30歳の頃だった。
はっきり言って嫌だったけどそこしかやる場所がなかった。
それからブームが来て、路上詩人と名乗る人たちがたくさん出てきた。
彼らは10代から20代前半だった。
今はどうしているのだろう。
俺は路上詩人なんて死んでも名乗りたくなかった。

くだらねぇ流行で書いてるじゃねぇ。
青春の想い出作りごっこをやってるんじゃねぇ。
慰めあったり、適当に安心する友達が欲しいんじゃねぇ。
早く早く路上から飛躍したかった。

今でも闘っている。

まだまだ実力が足りないけど、
アンフェアな奴らにおもねる気も懐柔される気もない。

もっともっと「心」で表現できる人間でありたいです。

そのためにまだまだ研鑽が必要なのです。

「自分、愚か者ですから」(ちょっと健さん風に)

      2日目の「モヒ猿」は誰もいないビーチへ、いざ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。