非常識は無関心の中で静かに潜む

先日、新宿にある有名な花屋に。
金額とイメージを伝えてお任せで花束を作ってもらった。

これがヒドい。

なにをどう感じたらこんな色使いになるのだろうか。
ゼロからのやり直し。時間の無駄。
発展性のないやりとりが本当に惜しい。

そして待つ、待つ、待つ。

その店は路面店なんだけどビルとつながっている。
店舗の入り口と店舗内からビルにつながる自動扉が
2つある仕組みになっている。

店員は2名。

店舗の入り口の自動扉は客が入りやすくするように
開けっぱなし。そこで待つ俺。
すると突然ビルへとつながる店内の自動扉が閉まる。
暖房の効いたビルの中側にふたりの店員。
寒風吹き込む店の入り口にひとり残される俺。

開けっぱなしだとビル内に冷気が入るからわかる。
だったら店舗入り口の自動扉も閉めんかい。

花泥棒に罪あらずという言葉もあるくらいだし
もう少し配慮や優しさがあるかと思ってたけど残念な思い。

サリンジャー氏が亡くなられた。
「ライ麦畑でつかまえて」の世界観に共鳴した20代。

彼の言葉。
花屋の店員、よく聞け。
「何でもそうだが、あんまりうまくなると、よっぽど気をつけないと、
すぐこれ見よがしになってしまうものだ。そうなったら、
うまくも何ともなくなる」

他人に関心を持つ、それだけでいいんだよね。

こちら沖縄で撮った一枚。

トゲトゲしい思いにかられる前に近々、
太陽と同化しにあの海へ行きます。

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