生きる道

たしかゲーテの言葉だった。

人生は過酷だ。

引きずられ、引き裂かれ、逃げることもできない。

死ぬまでの暇つぶし?

冗談じゃない。

真剣勝負、

だからぶつかり、落ち込み、涙を流して喜び、赦し抱き合う。

自分を信じよう。

築地 夜の散歩をしないかね

昨日はオンラインアート書道教室を終え、次の約束まで少し時間があったので隅田川沿いを散歩。

夜の築地を歩くのは初めて。

勝鬨橋を渡るとこからウォーキングスタート。

洗練と伝統が溶け合う街。

所縁の地ではなく、銀座も自分が行くような街でもないし、自宅からも遠いのでこの界隈じっくり攻めることがこれまでなかったのですがスタジオのあるこの築地に来てとてもいい街だなと。

勝鬨橋橋脚下。闇からの光の漏れ方がいい。

今度はロッドを持ってシーバスでも狙ってみようか。

釣れるのかな。

築地大橋に向かって。

チャポ、チャポと揺らぐ波音、リラックスする。

築地大橋から勝鬨橋を撮影。

築地市場を抜け、東銀座、夜が動き出す華やかな銀座6〜8丁目を歩く。

10000歩弱。

表情豊かな夜の散歩、楽しかった。

感謝しながら

ひとつ、歳を重ねることができました。

たくさんの想いをいただき、今日また生かさせていただいています。

誰かの「生きる」に寄り添える作品を創ることに心血を注いで行けるように整えて、トレーニングして精進してゆきます。

大切なもの、必要なもの、育むべきもの、守るもの。

しっかり見えてきました。

 

これからも誠実にものづくりに精進してゆきます。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

ただ一度 書道

僕らは恐怖と不安の中にある。

だから朝の日差しに心を開き、

鳥のさえずりに歩を進め、

風の中に背筋を伸ばす。

内包した恐怖や不安があるから、希望を願うのだ。

 

「生きる」をもっと感じ、時を大事に、妥協せず行くのだ。

 

人間関係のしがらみに戸惑っているうちに信頼する愛を見失うな。

明日やればいいかなんて言い訳してるうちに自ら夢を閉ざすな。

 

ただ一度。

そう感じられているうちに。

破 アート書道

1985年リリースされた、RCサクセションのギタリスト仲井戸麗市ソロファーストアルバム「THE仲井戸麗市BOOK」。100年後でも聴き継がれるべき日本のロック史上に残る名盤。

「打破」という曲の一節<世界中のヤバイNEWSも 茶の間のTVで知る 14インチ分程度のNEWSさ>

周りばかり見る傍観者じゃなくてよ お前自身が何をやり、どう生きるのか。

俺にはそう聴こえたんだ。

自分を破るのは自分。

まだ限界だなんて思っちゃいない。

爆音に包まれ、白抜き技法で書き上げた。

打ち破っていこうぜ。

 

 

 

 

挑戦 筆文字

ワークショップに参加される人の中には書道筆ではなく、画筆で書かれる場合がある。

アート書道の自由さ、発想の柔軟さを養うので画筆でもOK。

ならばこちらも画筆で書いてみよう。

試してみた。

同じ筆です、斜軸尖頭器で書くわけじゃなし(昨日、旧石器捏造事件のドキュメンタリーを見た影響)。

毛先が硬く、いい掠れも出ますね。

STAP細胞に書くわけじゃなし(捏造方面に引っ張られてます)。

まずはやってみる。

評価するのは日本のベートーベンと言われたサムラゴウ…、もういいですね。

こちらは偽りございません。

「挑戦」の字も画筆で。

知るのとやるのは違うもの。

挑戦を楽しんで、書道に触れてみてください。

 

 

 

ただ書く。

昨日は築地で書道ワークショップ。

本番前の静かなスタジオでウォーミングアップ、集中力を高める。

出逢いを楽しみにして「逢」を書く。

本番は参加いただいた曹洞宗の僧侶の方とディープなトークと書道。

曹洞宗の基本にある「只管打坐」、禅の「主人公」「我逢人」、刹那にして深い共感性が生まれた。

禅の書画の技法である円相を共に書く、それは宇宙を捉える無始無終の心得。

ただ書く。しかし、ただ書くにあらず。

まさしく禅問答のようだが、ふっと見えた。

感覚的なことだけど、会話の中に底通する真理を感じた。

只管打坐なんだ。

余念を交えずに書く。

それ。

 

月刊Yo-Ro-Zu 37号

現在発売中の月刊「Yo-Ro-Zu」 37号。

連載ページ。

ネイティブアメリカンの言葉を書いた。

喜んでもらえるよう、笑顔になれるように汗をかき、悩み、挑戦し、失敗し、また考え、実行し、よりよくしてゆく。

表現する者としてこのサイクルは変わることない。

それができなければ続けることはできない。

一人でも多くの人に、一人でも多くの人のために。

本連載の最後の一文。

「どんな中にあっても自分の創造力と感性、個性を否定しないでください。真の繋がりはそこから生まれると私は思う」

 

神無月 筆文字

神無月朔日。

かぼちゃは好きではないけど、秋の深い感じはかき立てるものがある。

変わることなく作品創りのためにすべてを捧げて「生きる」を刻む。

今年は秋の学園祭、イベントはありません、生で会える機会はないけど。

見上げる空は繋がっている。

 

感性のインプロビゼーション

先日のアート書道ワークショップにてイラストレーターの方が参加された。

その中で、動物を描かれているということだったので筆で何かイメージする動物のイラストをお互いに見えないように描いて対決(?)してみましょうというコーナーを即興で。

2分間で描き上げ披露。

そしてその絵が何とお互い、龍っ!

その方は「動物描きますって言って、象やライオンではなく(架空の)龍ですみません」と言おうと思いながらも描いたようで、それがはまってビックリ。

それもその方が描いたのは降り龍で、自分が描いたのが昇り龍。

こういう不思議なイメージのシンクロもライブの面白さ。

感性のインプロビゼーション。

台本(ホントは守らなくちゃね)にはない、瞬間の閃き合いがライブ。

これは我が家のトイレの昇り龍。

また描こうかな。