心をともに。

暴風域は海上に行ったものの
列島に甚大な被害をもたらせた台風19号。

夜が明けてたくさんのニュース映像を目にするたびに胸が痛みます。

被害に遭われた方にお見舞い申し上げるとともに
一日も早く平穏な生活が戻りますことを心よりお祈りいたします。

動物たちも大変不安な気持ちだったろう。

心をともに。

ポンタオリジナルトートバッグ

小学生の頃から一人で絵を描くことが好きでした。

それは今でも変わりません。

ものを創るベースに「愛」があるならまだこれからも書くことは、描くことはできるでしょう。

僕が僕であるためにやるべきことは尾崎さんでなくても考えます。

誰かに勝ち続けることに興味はありません、
自分ができる表現を感じるままに、歌うように、空を飛ぶようにやり続けたいです。

金やしがらみではなく、
愛が筆をとるモチベーションであり続けるように。

平和の伝道師、舎弟のポンタ。

オリジナルトートバックの完成。

いい息抜きになりました。

むずかしくしない

アトリエを改造中、
より発想に対して瞬時に対応できるように。
面倒くさがりな自分にとって全てのものが手を伸ばせば届くところに。
いらちな自分にとって無駄な時間を作らないように。

窓を開け放つ朝6時。今日の東京は秋の様子。

アシスタントのポンタも隣で独り言。

久々にポンタも描いてみた。

涼しい天然の風が創造力を育んでゆく。

シンプルに、
強く行動するのみ。

新作撮影

舎弟分を引き連れ新作サンプルの撮影。

筆を握って書くこと、
ブラシを使って描くこと、
ギターを弾いて歌うこと、
いつもそばで見て聴いてるのに
まっっっっったくもって興味を示さないポンタ。

ガチャガチャ進行している中、ひとり、カープの応援歌を口ずさんでおります。
(おい、ポンタよ、今年の優勝はもう…)

新作の反応にも期待、
常に「今」を表現するべく、
過去にかまけないで、作り続けます。

現代の恐竜

NHKで放送された「恐竜超世界」を観た。

もうワクワクの童心、想像力膨らむ50分。
約7000万年前の話だよ、すごいよ、この世界。

今回は「トロオドン」の話が感動的だった。
原始的鳥類とされる羽毛恐竜。
知力が大変高く、虫を食べても満腹にならないから、
獲った虫を水に放ってそれ食べに来た魚を食べるという
俺の釣り方よりも頭がいいやり方。
食べるから脳も大きくなって思考力が高まる。
羽毛というのがまた偉大なる進化。
体温を調節できるようになり、北極まで活動範囲を広げることができ、
抱卵することで子孫の繁栄にもつながった。

特にトロオドンは知能が高く、もしも恐竜が絶滅しなかったら恐竜人間
(ディノサウロイド)の祖になったとも言われている。
頭蓋は大きくなり、手足をそれぞれに器用に使い、立体視できる目を持つと
二足歩行を選ぶようになって、もしも恐竜が進化した場合の想像模型がこちら。

ゔぉ、これはカンベン。

そしてこの羽毛恐竜を探ると、ある説では恐竜は絶滅してないとなる。

気嚢(呼吸補助器官)を持ち、二足歩行、羽毛、V字の鎖骨…。

そう「鳥」ですね、鳥こそ生ける恐竜!

今まで舎弟なんて言っててすみませんでした、恐竜様。

PS 好きだけどぜんぜん詳しくないので情報が間違っていたらスミマセン。

美しい日本語7 洒涙雨

暑さが苦手ですから、7月の今年のこの温度を歓迎しないわけがないのですが
日照時間も短く、体調の変化もあるようなので心配ですね。

動物全般がそうなのか、
ポンタもこの雨続きにちょっとブルー。

そしてお天道様が覗いてくれないから菜園コウジの生育に問題が生じまくる。

農家さんもなかなか育たないので売り物にならなかったり、B級品になってしまうので晴れ間も欲しいところです。

そんな雨の季節には素敵な言葉がたくさんあります。

日本語は実に美しい。

情緒や心の様、距離感がよく表せられた言語だと。

こんな表現があります。

洒涙雨(さいるいう)

七夕に降る雨をこう呼びます。

織姫と彦星の流す涙雨
会えた喜びか、逢えなかった哀しみか。

ちょっと過ぎてしまったけど一日限定の雨にも言葉があるなんて日本語らしい。

ただ向き合う

流れは自分で作ってゆく。

乗っかりも、抗いもせずに。


強い意志を持ちながら、裸の王様にならず。
自分のリズムに生きながら、慢心することなく。

肩痛も癒え、だいぶ無理な体勢で描くことができるようになってきた。

静かに作品に対峙してゆこう。

一方で、アシスタントは…

今日は肌寒いので頭突っ込んでただただ寝ておりますがな^_^

本能の覚醒

月末の締め切りを終えひと息。

で、することといえばポンタの絵を描く。

コイツの深い感情は読み取ることはできないけど
「生きること」と「愛情」という力はすごい。

動物の本能的な部分を見るにつけ
いち動物として覚醒をする。

「なーんとなく」、
「まぁ、いいかー」、
の前を好機が過ぎてゆく。

ポンタは言い訳も自己弁護もしないで生きる。

ポンタさん、尊敬の念を持って描かせていただいております。

詩はいつもの松任谷由実さん。

いつもの場所で

どうにか10連休も終わりました。
混雑や人混み、大きい音が混ざるところも、混沌に身をおけない気質なので
休日らしい何かなんてまるでしなかったけどやっぱり長かったね。
休息なんだから一斉に休みにしない方がいいのに。いろんなリズムがおかしくなる。
混休、じゃなくて困窮の連休でした。
個を活かし、それぞれのライフスタイルを尊重できてこそ美しい日本になれると思うけど。

とにかくお疲れ様でした。

Takano Blueの作品制作も最終コーナー。
金色の墨をすります。

もうちょっと色々イメージやアイデアがあるので蒼の世界、深く潜って行く。

日々に、日常にこそ発見があり、昂りがあり、感動があり、感謝があり、愛情が湧き、喜びがある。

ほとんどの制作の隣にいる、舎弟のポンタもそれを与えてくれる。

ポンタの絵を描くと、なぜかいつもユーミンの歌詞が頭に浮かぶ。

鈍 筆文字

以前どこかで目にしたか、耳にしたかで
染織家で人間国宝の志村ふくみさんが

「鈍 とはコツコツ弛まず」

とのようなことを聞いたことがある。

「鈍」これが活路。

言われたことを間違えのないようにこなすことも、如才なく振る舞うことも、
スマートにやることも、合理性を図ることもうまくできない。

子供の時からそうだった。

叱責されるたびに
痛くて、情けなくて、苦しくて、言えなくて、コンプレックスだった。
今でもそうなる時もある。

それでも生きてゆかなきゃ。

書や絵を書くようになって逆にそれが活きることがある。

誰かにとっての正解を強いられることもないし、
情緒的であることを優先できる。
スピードよりも大事にしなければいけないことがあり
何よりも想像は翼を持っている。

事務的な作業や、準備には未だ落ち度があり、時間もかかるけどw。

「愚鈍」という言葉をよく書くのにはそういう思いがある。

間違いなんかない、
とにかくコツコツと弛まずに、
周りの何倍時間がかかってもいい、
自分にしかない人生を、
その感覚と嗅覚で進んでいこう。

と愛鳥ポンタに教わる朝。