音の営火

音という営火に言葉の風を送ろう。

ハイボールを飲みながら未来へのBluesを。

ギターや筆を持つ時に大事なのはイメージだ。

イメージを持って響かせろ。

奏でるのは正直な言葉だ。

太く揺るぎない想いだ。

借り物や真似事やそれらしいものはもう耳や目ににしたくない。

汚くて美しい、痛くて優しい。

遠ざかってゆくものが見えるから近くの大切なものがよくわかる。

そこに生まれる感情を創造してゆく。

 

足に裏がなんか変だなと思えば100%靴下に穴があいてるんだ。

いつもの道に。

作品制作や教室をやっていて思うことがある。

何かの、誰かの、役に立てたらと。

心が晴れたり、震えたり、力になれたり、喜びに変わったり。

不器用で人見知りで臆病な自分に、著名人とか、カリスマとか、成功者とかにはなれない。

ただ好きに書いていて、心が動くような感情がそこにいるひとりに伝えられるように。

それこそがなりたいもの。

歳と練習を重ねてゆく中で静かに変化していったこと。

役に立てるって当然だが自分自身を救っていることでもある。まだそんな自分に救いを求めてる半端者ですが、信じた道を突き抜けてゆけるように。

今朝のジョギング。

靴下プレゼントしてこの方の役に立ちたいと思いましたw

穏やかでおおらかな人柄を感じさせる呟き。

 

今日も良い一日に。

 

 

夢のカリフォルニア

実家に戻り、おふくろが一枚のポストカードを見せてくれた。

昔、カリフォルニアを一ヶ月ひとり放浪した時にクレアモントという小さな田舎町から送ったエアメール。

消印は1996年。

オウム真理教の事件の真っ只中、向こうでもよく聞かれた(しっかり答えるべき語彙力はなかったけど)。

なんか青臭いメッセージが書かれてあった。あまり変わってないような成長のなさも感じた。

懐かしくも思うけど、それは今があるからこそ。

今を愚直に重ねてゆくだけ。

まぁ、しかしだ、ホントに夢のカリフォルニアになっちまったな(゚∀゚)

 

長い友との始まりに 焼き鳥

もう一年以上、会えなくなって、酒も飲めなくなって、どうでもいいよな話で笑い、真剣に熱く朝を迎えたり、そんな当たり前を奪われても変わるわけもない。

友よ、元気にしてるか。

また我慢だな、

また焼き鳥とビール、やろうな。

それまではとにかく、健康で。

静かな部屋で黒糖焼酎飲み、こうして夜な夜な描きながら思いを巡らせている。

今度は何を思い出し、何を描こうかな。

深夜の友への手紙、また書きます。

21年ぶりの書

先日関西にお住まいの方から作品の依頼をいただいた。

内容を見てみたら2000年に大阪でイベントをやった時に来てくれて、その時に生まれたばかりのお子さんに書いてもらったとのこと。
息子さんも二十歳を過ぎ、今回母親卒業記念と自身へのねぎらいの書をというものだった。

20年の日々を越えてこうして繋がるご縁。

額装してずっと家に飾ってくれているらしく、当時書いた物を写真で送ってくれた。

20年前に書いたものなど自分の手元にないのでなんだか不思議な気持ち。

とにかく20年、息子さんの成長ともに作品があり続け、当時と連絡先なんかも違った中、再度書かせていただけることに涙が出るほど嬉しかった。

心込めて、お母様に創らせていただき、息子さんには当時と同じ言葉を今、書かせていただいた。

残り続けることの意味を再度考えて、これからも一つひとつ大事に作品と向き合ってゆこう。

その時のパーティーはDunhill主催のもので各界から著名人もたくさん来てて、あるサッカー選手にも書いて、その方はその後日本代表のキャプテンになり、やがてJリーグの監督にもなった。ずいぶんな時が流れたのね。

20年、あちこち痛くなってくるわなw

 

続けていればこそ。

咲かせよう。

 

 

 

 

キーマカレーケーキ

またも無策、無気力、無能な世界からお達しが出される。

我慢するのはいいけど、希望や期待を感じられない策のなさが悲しくなる。

コロナなんかになる前にもこれまでに仕事、病気、人間関係、収入、他力本願のお願いだけで打破なんかできたことなんてない。どうすれば打開できるか、いい方向に行けるか、円満にできるか、解決できるかを真剣に対峙し、思考し、行動し、聞き、伝え、理解し、修正してきた。それでもどうにもならない、望む形ではないことも経験してきたわけで。

それすらも‥って言うのが憤らせる。何も心に響いてこない。

辛(ツラ)さを辛(カラ)さに誤魔化す。

顔も見たくないからテレビを消して、静かに家で遊ぶことにしたよ。

ぽんちゃんキーマカレーケーキ。

カレーは多めに仕込み、完全自家製焼きチーズカレーパンに。

フレッシュでキレのあるスパイスの香りと辛味、大量生産では出せないもっちり食感のパン、最高です。

家遊び、料理遊び、策練って楽しみましょう。

器 書道

卯月朔日。

本日発売の月刊「YoRoZu」に寄稿したもの。

私という「器」。
入ってくるものを怖がり、
認める深さもなく、
許す広さも持ち合わせず、
そのくせ手にしたものを一滴たりとも
漏らしてなるものかと必死に穴を塞ぎ、
それでいてもっともっと欲しがる。
割ってしまいたい、粉々になればいい。
勇気のない、ひび割れ、欠けた
私という「器」。
あなたがくれた優しさが金継ぎとなって
形を保っていられる。

 

まさしく私自身の内側からこぼれ出た言葉。

とにかく真摯に、一つひとつ。

年度が新しくなろうと、宣言が解除されようと、福原愛の不倫相手が結婚していたとしてもそこに変わりはない。

 

節目の形

賞状の依頼をいただき書かせていただきました。

いわゆる筆耕的な楷書体では自分の味は出ないので、未来への力強い意志と柔らかさを込めたタッチで。

あとちゃんと読めるようにw

功績を表し、感謝の意を伝え、未来につなげるっていう文化は日本的でいいですね。

この時期、全国から退職の記念にと作品の依頼も多くいただいています。

このように人生の節目に書かせていただけることを光栄に感じ、大切にひとつ一つ書いています。

 

 

あるべき場所

教室の空き時間、春を探しに隅田川散歩。

昨日は勝どきを越え、晴海まで足を伸ばす。

落ち着いていて、ほどよい生活感があり、休憩場所が多い街づくり。そして暮らしを見守るかのような隅田川の安らぎ。

何気ない街の表情から英気を養って。

 

その後の配信で書いたもの。

松尾芭蕉の句。300年以上前に芭蕉も桜を眺めてこの句を詠んだ。

ロマンチック。

配信のオープニングでファシリテーターのフラちゃんから視聴者へクイズ。ラストの答え発表を忘れてブースからカンペ指示w

 

スタジオを後にして、今年初、2ヶ月半ぶりにいつもの席でいつもの景色。

落ち着きますね。

時短は続くので静かに一杯やって一時間ほどで退散。これくらいの方が身体にもいいよね。

安心できる場所で、優しく動こう。

進 書道

宣言が明けても生活様式が大きく変わることはない。

元の慎重な生活に戻るだけ。

コロナ以前から人混みがダメ、単独行動、サシ飲み好きでずっとやってきた。旅に出るためのブーツを履けなくなったくらいか。ひとり旅ならもう少ししたら行けるかな。

イベント、講演、ライブパフォーマンスなど人前でやることのすべてが飛んだけど、全国から作品の制作を受けたり、スタジオからオンライン教室やリアル体験、生配信など出来ることをどんどん打ち出してきた。次なる企画も推し進めている。

当然失敗もあるけど、やられてたまるかとずっと思ってる。

改めて気づかされることも良かったことも嫌なこともこの2か月半いろいろ知ることができた。

元々テレビをあまり観ないし、この宣言期間でさらに遠ざかった。SNSにしてもそう、真偽のわからない情報やいがみ合いから逃げたかったのでしょうね。感性を刺激したり、安らぎや能動性を享受することが少ないもの。

もういろんな音は必要ない。

とにかくだ、自分で感じ、考え、行動する。

つまづいて血を流しても、信じる方向に。