個人で突き破れ

今朝も五時起き、テレビの前で「日本VSコロンビア」を観戦。

キャプテン長谷部選手のサイン入りスパイクとともに。

1994年のアメリカ大会で観たコロンビアの
バルデラマの個性的なスタイル、創造性、
アスプリージャのスピードと奔放さに
魅了され世界のサッカーの虜になった。

そして今朝のコロンビア戦、
バルデラマが後継者と公言する
ロドリゲスが後半から出てきた。

実際得点を決めたように、ゴール前の雰囲気がすごい。

アジア勢がまったく世界に通用してない今大会。
実力とともにビックマウスではない絶対的存在感の違い。

ひとりででも突破してゆく力。

これからさらにワールドカップは 
ハイクオリティのシビれる戦いとなる。


松木さんの解説というより居酒屋オヤジ応援は
相変わらずキレキレだった。







それぞれの色

畑に行ったり、

魚市場に行くとわかる。
新鮮だったり、活きていたり、彩り豊かなものは
触ってみたくなり、匂いを嗅いでみたくなるもの。
書も一緒。
生きているから。
ただの鑑賞物じゃなくて
もっと直感的でありたい。

数量から質量へ

代わるもののない時間。

いつもの店のいつもの場所で漢酒。
個、孤、呼、己
真剣に生きたものの言葉がある。
小さいころから震えながら磨いてきた。
「独」。
ただひとつ。
数を誇るなかれ、
質を高めてゆくんだ。
言葉が響き合う距離で
体温を感じあう友や家族と。

読む料理

自宅の本棚にも食にまつわるタイトルの作品が並ぶ。
魯山人はもはや参考書。
昨夜は身体が疲れていたので茶漬けで休息。
本の中でも茶漬けについての項目がある。
なかでも無類の納豆好きには納豆茶漬けはそそられる。
先生もおっしゃっているけど納豆をかきまぜるときは
醤油などいれないでかきまぜてほしい。
「最初から醤油を入れてねるようなやり方は、下手なやり方である」
茶漬けの後、昼は納豆蕎麦だな。

ふたつとないピース

空いた穴を埋めるのに代わりはない。

誤摩化しても、ハリボテにしても腐敗と駆逐を繰り返す。
言い訳は淋しいから?怖いから?
もっと空しくなるだけ。
「無二無三」
たったひとつのものは
ふたつもみっつもありゃしない。
だからひとつに向き合うんだ。

触心

たくさんの会話よりも大事なことがある。

どんな説法よりも響くものがある。
細かい理屈よりも感じることがある。
それは「触れる」こと。
この手の感触から心に刻まれる。
大切な人に寄り添って、触れて。
生命力に必要な心の温度を測る。
家族でも、友人でも、恋人でも、ペットでも
信じるものの手をどうか離さないで。

躍心

黙々と土と戯れる昨日の午後。

俺は窓の内側から冷たい雨をやり過ごしたり、
暑いの寒いの言い、草臥れたコートを着たり脱いだり、
光沢ばかりがうるさい皮のブーツを履いたり。
葉や花はどんどん成長している。
もう。荷物も装備も多くは要らないよ。
飛ばなきゃ、越えられない。
そうだろ。



克己心

こっきしん。
文字通り己れに克つ心。
自制心を持ち、自らを律し
自分を越えてゆく。
思えば、ずっとこれを前にしてブルっていた。
敵前逃亡ならぬ自前逃亡。
これを越えた先に成長があるんだ。
いまふたたび。
克己。
カツミさんが書いた文章じゃないよ。
いつもお世話になっているYさんが
台湾で買ってきたくださった筆で
白墨汁で書いてみました。
Yさんありがとう!
こうじ

いろはにほへとちりぬるを

タイの仏像を描いた。

「諸行無常」。

三法印、四法印のひとつ。
すべてはとどまることなく、変化してゆく。
仕事も、お金も、人間関係も、肉体も永久不変などない。
価値的や情緒的判断を超越して、移ろい行く無情観。
平家物語や、いろは歌から続くこと。
太古から人間は苦しみを抱えている、一切皆苦。
家のランチはタイカレープレート。
書業無常でもある、
ガンバリマス。

非思量

考えたり、比較してみたりして、

やはりここにしかないものに気がつく。
相対的な観念から解放され、
思い量ることを突き抜けたときに
感じられる「今」。
「今」さえ、考えるその刹那「過去」になる。
考えを追うことなく。
できるはずだ。
毎朝、静かに、反芻する。