食べたくなるなる

遠方から友人が来る。ならば気取らずに美味いところ、と
いうわけで中目黒「藤八」で杯をあげることにした。
「オスッ」って集まって、「ガシッ」とジョッキをぶつけて
「バクッ」っと食べて、「ガハハ」と笑う。
飲み助の喜びは要約するとこれにつきる。

大衆酒場といった店内は美味そうなメニューが短冊でたくさん
貼ってあり、見渡せばおっさんからクリエイター風業界人まで
みんなただの人になってグラスを煽っている。料理はシンプルだが
手作りで美味い、お洒落なチェーン店など足下にもおよびません。
コロッケ(名物)にいたっては小皿に置いただけ。家でだって
こんな出し方しません。
安くて、美味くて、杯が進む雰囲気。こんな店をひとつ知って
おくとなにかと使える。来週も遠方から友人が集まるので
「藤八」に集合だ。

お宝画像流出!

こんなんでました。なつかしいねぇ。

時代ですよ。赤いジャケット(苦笑)。ヒョウ柄のジャケット
なんかも着てました。「NEON DOLL」っていうバンドで歌うたい
やってたころです。あれから十何年、当時の仲間達は道を違えても
熱く頑張ってる、俺もあいかわらずよ。
昨日、テレビで「35歳、オヤジのなんとか」みたいなコーナーが
あった。ふざけんなって。一生挑戦だけど下り坂みたいな
表現するなっつうの。こういう、日本人のネガティブな表現、
ワタシ、キライアルネ。

阿吽


広尾にある50日限定で開催中の「日本におけるドイツ年
2005/2006ドイツ体感スクエア DEUTSCHES HAUS
(D-ハウス)」。そこのフットサルコートで某スポーツメーカーの
主催するフットサル大会に、お世話になっている仕事先関係者の
急造チームで臨んだ。ゆるいゲームと聞いていたはずが対戦相手が
サッカーのマスコミ関係のチーム(ケツメイシのDJもいたなぁ)とか
ばっかりでメチャクチャ強い。もうひたすら僕の大嫌いなデフェンス
、逆サイドでマークばかりでボールにさわることもできない。
ほんとに強いとことやるとこんなにもきついもんなのか。おまけに
大人としての振る舞いに欠く嫌いなタイプのヤツがいてものすごく
やりにくかった。いつもやってる仲間の阿吽の呼吸、そして
たくさんの自由を与えてくれていることに改めて気がついた。
ハハハ、完全なる内弁慶やな。

疎外された昼

こうしてパソコンをいじっていると思うこと、
完全にWindowsが幅をきかせてやがる------。
話題のパソコンテレビ「GyaO」もMacの対応はないときてる。
この手のものが非常に多く辟易する。
上等だよ、FNNニュース観るから。
いろんな資料や打ち合わせ事項とかもメールでくるけど
どうもWinの(1)がMacでは(月)に、(2)が(火)に
文字化けする。例えばWinからメールがくると・・・・
(月)締め切りは25日までにお願いします
・・・・って月曜締め切りかと思うだろ!
(火)指定された日に・・(以下入金日の話)
・・・・ってゴミの日かよ!可燃物?

という具合にWinから(1)〜(7)とか箇条書きにして
送られてくるとMacでは一週間が羅列されるわけで、
僕は(日)市場に出かけ糸と麻を買ってきて、
(月)お風呂をたいて、(火)お風呂にはいり
とロシア民謡な気分になり仕事はいっか、と脱力してしまう。
ほとんどのWinユーザーのみなさま、Macを使っている人がいる
こともどうぞお忘れなく。
そして営利がらみの企業、Macにも門戸をあけろ。

▼今日はドラゴンも怒っております。

サインボードの夜

意味深なタイトルだがまったくもって直球な話。
昨日、本屋でいろいろ物色していると
「焼酎居酒屋&バーエクセレント50 / 太田和彦/監修
日本経済新聞社/編」という本を発見。監修の太田さんは
「日本全国居酒屋紀行(だったかな?)」というケーブルテレビの
番組のナビゲーターをやっていてなかなか味のあるカッコイイ
おじさんでおまけに日本酒に造詣が深いと思ってた太田さんが
僕のテリトリーである焼酎の店の監修をしたというのでパラパラと
読んでみた。するとそこには僕がロゴを手がけた六本木のやきとり店
「燃」とおなじくいろいろ書かせてもらっている新宿の「まねき屋」が
載っていた。「まねき屋」は創作書家高野こうじの宣伝までして
くれていた。こうしていろんな街にロゴや看板があったりするけど
そういうお店を雑誌で見かけたり、繁盛しているなんて話を聞くと
嬉しくなる。微力ながら役に立っていると勝手に解釈しながら。

ということで、夜は中目黒のもんじゃ・お好み焼きの「八じゅう」に
訪れることにした。この店はかつて山崎邦生とチーム0というコンビ
でダウンタウンなんかのテレビに出ていてその後路上詩人・映画監督
になった軌保さん(現在はてんつくマンという名で活動中)が
看板を書いている店なのだ。表参道の路上で書いていたころ、時を
同じくしてやっていて挨拶をする程度だったけど、とても暖かな
人だった。そんな軌保効果もあってか相変わらずの大盛況、ラスト
ひとテーブルをギリギリキープ。こういう肩肘はらずに飲めるところは
会話も楽しくなる。例外なくこの日もしっかり飲んできたぜ。

そして今日は京都にある釣り具のショップ・ブランドのロゴを書いて
いる。お店の繁栄、商品の人気を思い描きながら。

貧者の一灯

昨日、起業セミナーにゲスト講師としてお招きいただき、
いろいろと喋らせてもらってきた。
あちこちで書にし、言葉を紡ぎ、喋ってきたけどこの日は
さすが起業家のみなさん、とても勉強熱心です。

この日は「燈」という言葉から書にしました。燃えさかる
炎よりも闇照らすほのかで暖かな灯りでありたい、という願い。
仏教の経典「賢愚経」にある「貧者の一灯」ともシンクロ
させています。

まぁ、どこにいってもやるべきことをやるだけ。
無為にして渾身、泰然自若。

高橋芳文人財総合研究所の高橋さん、ありがとうございました。
これからもどうぞよろしく。

Shanghai Crab,better than night club.

その昔、週末に限ることなく24時を回ると六本木、西麻布、青山
など夜な夜なクラブで遊んだもんだ。たまには赤坂などの艶めかしい
クラブにも出没した。ところが今はすっかりCrabに夢中だ。

この日は六本木も銀座も目じゃねぇ、上海である。
activity all over the world@自宅。

ここによく出てくる蟹は良質、厳選の品を取り扱うネット通販
「GoFish 」
のものです。もちろん良質なのは蟹だけではない、肉も魚もものが
違う。珍しいところでは「エル・ブジ」の白磁器なんておしゃれな
ものもあります。
蟹は解熱作用があるので冷えないように日本酒を一杯、
やっぱりこれだな。
大音量のクラブもいいけど、美味いものと少しの酒、そんな静かな時間
があってもいいでしょ。

重さ。

数日前リビングのテーブルの隅にあった数百グラム、
449ページの紙の束は今、僕にとって一生離れることのない
大切な一冊の本になった。いろんな苦悩と現実と希望と
教えが詰まったズシリと重い一冊、そう、「東京タワー」、
ついに読み終わった。昨夜友人たちと飲んだときこの本の
感動話をしたらだ〜れも読んでなくてあっさり流されて
しまったが。たしかに他人の見た夢の話や映画や本の話なんて
興味なんてないだろううしな。かわいそうなヤツラめ。
まぁあまり自分の趣味や感動を他人に押しつける気はないが
この本を読まない人はもっとかわいそうだ。そしてこの本を
読んで何も感じない人はもっともっとかわいそうだ。

まぁよそさまのことはいいか。大切な人やものを大切だと
思う気持ちを日常という掌からけっしてこぼさぬようにと
強く思うのでありました。

時々無性に・・

こうやって気分転換に料理をしてみる。

■烏賊とブロッコリー ワタとチーズソースソテー
■霧島鶏のグリル 彩り野菜とマッシュポテト添え
■毛蟹!

烏賊の料理はコクがあってパンチが効いて美味かった。銀杏の裏ごしを隠し味にソースに加えてみたが残念ながらチーズの味に完全に吸収合併、チーズがKDDIなら銀杏はツーカー。そんな僕はツーカーユーザー。しかし「食えればええやん、料理なんやし」ってなわけにはいかない。僕が一番楽しいのは料理を作って、食べるまでの間、つまり盛り付けの時なのだ。味付け適当、盛り付け重要、って大丈夫か。でも今年は本当に蟹をよく食べるなぁ。というか頂戴する(笑)。今回は貴重な卵のつまった雌の毛蟹。Mさん、いつも美味しい蟹をありがとうございます。

昨日書いた「東京タワー/リリー・フランキー」のオカンも料理が好きで、上手で、たくさんの人に愛されてきた。愛情の込もった美味しい料理に人は集まり、笑顔が生まれる。今日は友人たちと飲み会なので「東京タワー」を読むのをためらう。目を腫らして行くわけにもいかないしなぁ。

愚かゆえ・・・。

時間は平等に流れてゆく。だから悔いなきようにと思う。それでも日々の仕事や快楽や惰性や睡眠に押し込まれてふらふらと流されてゆく。時々失うことの怖さが大切なものを愛おしくさせる。

リリー・フランキーの「東京タワー」と読んでいる。ちょうど半分読んだところ。僕は昼から嗚咽を漏らし、とめどなく溢れる涙で文字が読めなくなる。この涙はどこからくるのか。文体の構築やストーリー、洞察力、表現力もあるだろう。しかしこれだけ泣けるのはこの本の中に「僕」を見いだすからだ。愚鈍で、冷たくて、臆病でそれでいて愛情にもろい自分。母親に対する切ない思い。時代背景も自分の年齢に近いのでいろんなものが自身にだぶってゆく。そして読めば読むほどやるせない気持ちになってゆく。この本の最後のページにたどり着いた時、僕はどんな感情にかられるのだろう。今はふらふらと流れないよう、愛おしいものを大切にしようと秋空を見上げて思う。