想像力

現在発売中の「月刊YoRoZu」に寄稿したもの。

「想像力とは自分の領域を超えて他者と繋がること。」

と書いた。

「自分の目で見つめれば感情が湧いてくる。

自分の耳で聞いてみれば、行動が生まれる。」

見たふう、聞いたふうでは至らない。

その向こうを感じ、イメージする想像力。

 

 

絵は「安息/repose」というタイトルのアクリルの抽象画。

 

旅に出る絵

旅立つ作品たち。

自分の手元になくていい、

作品はもっともっと外に出て、多くの人の生活の中に溶け込んでもらいたい。

自分のアトリエを埋めるために描いているわけじゃない。

それぞれの<生きるの側にある書や絵>、

これからもそのための方法を色々考えてゆきます。

 

あなたの<生きる>の側に。

 

 

 

 

 

抽象画 混沌

問いかける、

まず自分に。

どうしたいか、

どう動くか、

どう返せるか。

まず自分がやらないで、守ることも責めることもできない。

己に疑問符を。

内に問う。

心を整え、絵筆を取る。

混沌から見いだせ。

 

 

ソウゾウ

世間的にも個人的にも張り詰めた毎日だけど

創造だけは止まることはない。

痛みや喜びが推進力になる。

筆の動きは心の叫び。

想像はどこにいてもできる。

そしたら描いてみればいい。

創造できるさ。

 

takanoblue 青だけの世界

青の世界に集中。

ピリッとするファーストタッチ。

外と繋がりが遮断され、無心になります。

キャンバスを刷毛が走る音、
削れる、擦れる、タップする。

20回以上、青色のみを重ねた。

フゥッと息を吐き、完成。

証。

作品は残り続ける。

ここにいた自分の証。

未来の誰かへと繋がってゆくかもしれない。

「俺も書で叫んでみよう」と不器用な未来の少年が墨と格闘するかもしれない。

「私の内面を表現してみよう」と鋭敏な未来の女の子が絵筆を握るかもしれない。

多くの作品を創りたい、

そのために我慢することもある、
でも全然大丈夫。

すべてが自分の証なのだから。

そのために進むと決めたから。

春待つアート

早く咲かねぇかな。

takano blueの抽象画のお披露目は諸般の事情で
発表がすこしずれ込んでいる。

まぁ、いいさ、想定内。

作品は自分の手を離れているからあとは待つしかない。

待ってる間に次の攻める準備をしておくさ。

楽しみにしてて。

orange

昨日はビデオ撮影。

リラックスした雰囲気の中、素晴らしい仕上がりを確信できるシューティング。

takano blueともうひとつorange。

夕暮れの哀しみ、朝焼けの冀望、
子供の頃から繰り返し感じてきた、
この色に包まれながら。

まだ始める、
また始める。

撮影1時間半、打ち上げは10時間、
創造の時間はサイコーよ。

痛みと恐怖を描く

痛みと恐怖を忘れない。
痛みと恐怖が忘れられない。

そんなせめぎ合いの中から生まれてくる作品がある。

アートは痛かった、
そういうものに魅了され、共感し、渇望してきた。
日常では外に出してはいけないものがアートにあると僕は思う。

放出する。

痛みと恐怖の中から愛を見つけたい。

そう思って筆を取ることがままある。

青の世界

夜明けから、203×254mmのアート作品を6点制作。

雑念が入らない、隙間がない。
それだけ脳内がいっぱいいっぱいなのだろう。
しばらくすると突き抜けてクリアな思考になってゆく。
描いてトブ、みたいな感覚。
周囲は見えなくなって、没頭集中する。
(この感覚になると本当に気持ちいい!)

まだまだ研鑽が足りないのでそこまでたどり着くことは少ない。

偶然と必然がなんだかもわからないけど
それが理屈ではなく、しっくりくる時がいい作品ができたと感じるような気もする。
よくわかってないから気がするという言葉になってしまうんだけど。

とにかく絵を描くという時間、夢中になっていることなのは確かだ。

脳内イメージ。

フロイト先生に分析していただきたい。

最後にフロイトの凄すぎる名言
「忘れるのは、忘れたいからである。- ジークムント・フロイト -」

この深度たるや!